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| 知花花織 | |||||||||||||||||||||||
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知花花織りとは 旧美里村知花、登川地域などを中心に、村内で伝わった織物技術の一つです。 その特徴は、布の裏側。経糸が浮柄に沿って糸がでています。模様が縦方向に連続して浮く経浮花織(たてうきはなおり)と、刺しゅうのように糸が浮く縫取花織(ぬいとりはなおり)の2種類です。多くの花織は横方向に緯糸が浮いて柄がでているものですが、「知花花織」は、縦方向に浮糸が浮いて模様を出す花織です。 素材は、木綿が主で、その他に芭蕉・絹・羊毛なども使用されています。花織の伝統的スタイルは、藍(琉球藍)で染められた紺地に絣、もしくはさらに格子柄の組合せ、そして浮模様が入るというものです。模様が浮く糸に、白糸と赤糸を使い、赤の染料にはグール(サルトリイバラ)・スオウなどを使用したとされています。 その起源と用途 調査・研究の結果、「知花花織」は18世紀にはすでに技術として確立していたと考えられています。 用途は、村の女性たちが着るウスデーク(臼太鼓:旧暦8月15日に行なわれる五穀豊穣を願う女性のお祭り)の衣装。知花弁当馬場でのウマハラシー(馬乗り競走:旧暦8月14日に行なわれる男の祭り)での馬乗用上着や芝居の晴れ着などとしてつくられたものです。 |
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復元・復興 2000年8月沖縄市が中心となり、1度失われた染織文化の復元・復興を目的に、「知花花織」を蘇らせる試みがスタートしました。戦争などで100年の間、織物技術の継承や、花織衣装の着用は完全に途絶えていたいたため、ほとんど現物も残されておらず、「知花花織」技術を知っている人も現存されていないという状況の中、聞き取り調査やわずかに保存されていたものから調べて、「知花花織」は復元されました。花織を経浮きで模様をだすにはどのように織られていたのか? どのような素材が使われていたのか? 染料は何を使用していたのか? というところから始められたのです。 文化財として指定 また2000年12月には県内で初めて「知花花織」3件が沖縄市指定文化財に指定されました。いずれも100年以上前に織られたとされる「馬乗上着」「馬乗袴」「ウッチャキ」の3点で、沖縄市内で確認できる貴重な資料です。このように「知花花織」は地域文化の確立や、独自の染織文化として、およそ1世紀ぶりに新しい息吹が吹き込まれようとしている織物です。 |
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