沖縄市の史跡・文化財

鬼大城の墓 【市指定文化財】
 知花グスクの南側の丘陵地に位置する。大城賢雄は大柄で武勇にすぐれ、俗に鬼大城と呼ばれた。1458年、首里王府軍の総大将として勝連按司の阿麻和利を討伐し、その功績で越来間切の総時頭に命ぜられた。その後の政変で第一尚氏王統は滅び、鬼大城も知花グスクに追われ自害した。墓の形式は、名嘉真宜勝分類のいわゆる「岩穴囲い込み墓」である。




鬼大城の墓へ通じる道

豊かな自然に囲まれ、山歩きが楽しめる。

右手奥に夏氏大宗墓の石碑が見える。

夏氏大宗墓の石碑

 威豊3(1853)年に夏氏の子孫が建てた碑文である。墓誌によれば康熙55(1716)年に知花の夏氏の墓から美里の宮里村仲間原の墓へ遺骨を移し、双方の墓を祀ったが、風水見の鄭良佐与儀親雲上は知花の墓の方が風水の良い場所と判断した。さらに知花の墓には鬼大城前後の遺骨もあった。それらの理由から知花村の人へ新しく墓を仕立て与え、移葬したという。
夏氏大宗墓の石碑

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