伝統芸能

エイサー

エイサーあいち

 いかずちのように体の内側に響く太鼓の音。魂を揺さぶる勇壮なかけ声。エイサーは先祖の霊を供養する行事であると同時に、 舞う者、見る者、すべての人の血をあつくたぎらせる生者の行事でもある。夜のしじまに太鼓の音が風にのって聞こえてくる。今年もエイサーの練習が始まったな、と誰もが心躍らせ、ちむどんどんするこの季節。蒸し暑い夜に、エイサーの太鼓の音をBGMにオリオンビールを飲みつつ、エイサーを楽しむ。旧盆7月15日のエイサーざんまい。これが沖縄の夏の過ごし方。

 エイサーは、いわば本土の盆踊りにたとえることもできるであろう。お盆に盆踊りが行われるように、エイサーも旧盆に行われる行事で、自分のシマ(地域)を「道ジュネー」し各家々を回る。特に15日の御送り(ううくい)を済ませた後から始めるところが多いが、最近は旧盆の3日間行う所もある。

 このエイサーは現在県内各地、北部や南部、離島あらゆる所で見ることができるが。特に歴史があり盛んなところは中部地域の沖縄市や与勝地域だと言われている。

【道ジュネー】エイサーを踊りながら家々をまわること(島まわりともいう)
旗頭(旗頭いろいろ

エイサーの構成
 エイサーは旗頭、太鼓踊、手踊、チョンダラー、地謡(じうてー)で構成され、太鼓は大太鼓、締太鼓、パーランクーの3種類。細い路地を100人近い隊列が唄い、踊り練り歩く様は壮観で、周囲は熱気に包まれる。

エイサーの起源
 このエイサー起源は「ニンブチャーウドゥイ」(念仏踊り)であると言われている。以前はニンブチャー(念仏僧)が人が死ぬと家に招かれ、鉦や太鼓を打ちならし念仏を誦しながら踊るものであった。
 その歴史は500年以上も前の「李朝実録」(1479年)のなかに当時の那覇の記録として残っており、そのころが始まりだと考えられている。
 また、エイサーという呼び名は「おもろさうし」(琉球の古い歌謡集)の40巻からきているという説や、「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」のような囃子からきているという説があるがどちらも確証がなく実際の所は不明である。

沖縄市はエイサーのメッカ
 沖縄各地域にあるエイサーの中でも特に人気があるエイサーは、沖縄市の「園田エイサー」嘉手納町の「千原エイサー」与那城町の「屋慶名エイサー」勝連町の「平敷屋、平安名エイサー」などがあげられる。そしてやはり沖縄市はエイサーのメッカ。毎年、旧盆の頃になると、街のあちこちからその稽古をする音が夕空に響く。老いも若きもその音を聞くと、不思議な安堵感と、内からわいてく生命のエネルギーを感じてくる。この日ばかりは子供もエイサーの追っかけを夜中までする。また、各シマ(自治会)でも独自のエイサーまつりをやる所もある。

沖縄全島エイサーまつり
 そして県下最大のエイサー祭りは、旧盆明けの最初の土・日に沖縄市運動公園で催される「沖縄全島エイサーまつり」だ。
 毎年、趣向を凝らした全島各地の舞いが沖縄市に集まり、時にユーモラスな演出もまじえながら、その伝統の重みを見せてくれる。世界的に類のないエイサーの見事なまでのオリジナリティは、海外からも注目されている。
 また、エイサーの発展と、全国への展開を目的に「豊中豊優会」「東京中野真南風エイサー」「愛知琉球エイサー太鼓連」「豊中市琉鼓曾」「愛知県琉球エイサー太鼓連」友好都市である東京・町田市など、県外で活動しているエイサー団体を毎年数団体づつ招待して、毎年20万余の観客で賑わう、全国規模のまつりへと成長している。

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大太鼓

締太鼓

パーランクー
エイサー地方
手踊 チョンダラー 地謡(じうてー)又は地方(じかた)

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